いつの頃からか、確かバルト海に入ったか入らないかの頃だったと思うが、船内では白い鳩が乗っているという噂が立った。
 私はその姿を見たことが無かったが、ある日デッキに行くと、その白鳩が居るのが見えた。

 船内に居る動物は人間だけなので和んだが、同時に心配にもなった。

 どこで乗り込んだか知らないが、この船は確実にこの鳩の故郷から離れている。
 海の真ん中を走っているのだから、もし、この鳩が船を飛び出したとしたら、陸地に着く前に力尽きてしまうだろう。
 さりとて、次の寄港地で降ろすわけにも行かない。
 検疫の問題である。

 日本でも鳥インフルエンザが話題になったので、理由はいわずともわかるだろう。
 それに、たとえ次のダブリンをやり過ごしても、次に行くのは南米ベネズエラ。北欧で育ったらしきこの鳩が、南米の暑さに耐えられるとも思えない。

 この鳩は、詳しくは覚えていないが、確かダブリン前後あたりで姿を消した。
 呑気に餌を与えていた人は、その意を悟ることはあったのだろうか。