SSブログ

デイリッヒ~ジャマイカ・モンテゴベイその1~ [寄港地]

 朝の7時、オセアニック号はジャマイカ第二の都市モンテゴベイの、モンテゴベイ・フリーポート・クルーズ・ターミナル5-6番埠頭に着岸した。
 モンテゴベイの「モンテゴ」は豚のラードという意味で、モンテゴベイは「豚のラードの港」ということになってしまう。
 なんとも奇妙な名前と思っていたら、実際に豚のラードを積みおろししていた港だったとのこと。

 気温はじっとりと暑い。海は思ったとおり透き通ったブルーで美しい。
IMG_3468.jpg
 どんなところでも、港は大概水が汚いものだが、ここはかなり美しい。

 私が頼んだツアーは「ジャマイカで乗馬体験」というもの。
 これは、海を泳ぐ馬に乗れるというツアーだ。
 そのため、水着着用が義務付けられていて、さらに、件の「事故があっても文句を言いません」の誓約書に署名して持っていかねばならない。
 私はここに来るまで水着を着ていなかった。
 プールやジャグジーはあれど、他で忙しい(80%は新聞だったような)やら何やらで、結局ここまで着る機会はなかった。そして、この先も無いこととなる。
 乗船前より太っているのはわかっていたので、果たして着られるか危ぶんだが、なんとか着ることができた。
 69回の出発は春だったため、この水着も苦労して手に入れたものだったが、活用できていないのはなんとも言い難い。
 結局、水着の上に緩い半ズボンとTシャツという姿で行くこととなった。

 乗馬クラブがあるところまではバスで行く。
IMG_3470.jpg
 モンテゴベイ市街からかなり郊外で、途中にはいくつか観光名所らしき場所や案内の看板が目立つ。
 乗馬クラブに着くと、当たり前だが馬がたくさんいる。
IMG_3472.jpg

IMG_3473.jpg
 皆おとなしく、時折客人をじっと見つめている。

 安全用のヘルメットなどを貸し出してもらえるので、とりあえず貸してもらう。
 クラブの人が、体格などを観察し、見合った馬を連れてきては乗せていく。
 一番大柄な青年には、一番大きな白い馬があてがわれた。
 そのうち私も呼ばれ、一匹の大柄な茶色の馬に乗せられた。
 クラブの人はしきりに「デイリッヒ、デイリッヒ」と言っており、この馬の名前はデイリッヒというようだ。
 「デイリッヒ」と呼びかけると、こちらに耳をひょいと動かす。
IMG_3476.jpg
 彼か彼女かわからないが、馬は概して人の心の機微を悟り、行動するという。人間とは別の意味で頭が良い動物なのだ。

 しかし、私は乗馬というものを甘く見ていた。
 とにかく揺れる、疲れる、集中力が要る。
 1時間で集中力が切れる私でも、集中していないと落ちるので気を張りっぱなしだった。
 デイリッヒは思った以上に頭の良い馬で、道端の草など食んだりはしない。他の人は、ともすれば草地に頭が向いてしまう馬の制御に手一杯だった。
 また、私がヤバいと感じると、すぐに歩調を緩める。もしかしたら「デイリッヒ~!すとぉぉっぷ~!もあ~!すろ~り~~!!」という悲鳴だけに反応していたのかもしれないが。
 途中、草原の中の道を歩き、海岸を歩く。
 馬と馬の間が開くと、カウボーイならぬ乗馬クラブの人が何か言う。すると即座に、馬たちは乗り手の意思を無視して走り出す。
 途中までは良かったが、往路の1時間経ったくらいの場所で私の左足の鐙が緩んでしまい、踏ん張れなくなった。
 困ったことに、履いているのはプラスチックのビーチサンダルだった。これでは余計に踏ん張れない。
 残った手段は、太ももで鞍を挟んで固定することだが、これはかなりきつい。
 頼りはデイリッヒだけだ。デイリッヒも異常に気がついたのか、走ってもすぐに歩調を緩め、様子を見てまたギャロップといった走り方をしてくれた。しかし、これはこれで急発進急停車をする電車のようなもので、ガクガクと揺れてきつい。
 ようやく、馬と泳げる場所に来た。
 そこはビーチの一角を区切って、馬と泳げるようにしたプールのようなところだ。
 全部の馬が泳げるわけではなく、その中の6頭が泳ぐ馬だった。他の馬は木陰につながれてお休みだ。
 泳げない人用に救命胴衣も用意してあった。無論、泳げない私は着込んでおく。
 ビーチとはいえ、岩がごつごつしていて裸足ではやや危険だ。
 しかし、ビーチサンダルで行くわけにもいかず、サンダルは波打ち際に置いて、順番を待つ。
IMG_3477.jpg
 海で泳ぐ馬の一頭に乗馬クラブの人が乗り、もう一頭にお客さんを乗せてコースを一周する。6頭なので、お客さんは定員三名で一人ずつ、メリーゴーランドのように乗せていく。
 IMG_3478.jpg
 私が乗ったのは、件の一番大きな白馬で、やはり泳げる馬は大きくタフネスなのだろう。
 といっても、馬が懸命に泳いでいる中、私は救命胴衣のおかげでほとんど浮いていた。

 全員が乗った後、泳いだ馬は簡単にホースで水洗いしてもらっていた。人間も砂などを洗い落として服を着る。とはいえ、水着は一瞬で乾かないので、結局服もびしょぬれとなる。
 デイリッヒを探すと、たてがみから何からずぶ濡れになっていた。デイリッヒは泳ぐ馬だったのだ。
 考えてみれば、私も重量があることは自覚しているので、やはり力とスタミナが強い馬でないといけない。
 「デイリッヒは泳げるのか。すごいなぁ」と言うと、やや得意げに両耳がピンと伸びた。
 さて、帰りも同じ道を行かなければならない。
 左の鐙は事情をナントカ説明して直してもらったのだが、今度は出発して30分経たないうちにまたもや緩んでしまった。もしかしたら、この鐙は壊れていたのかもしれない。
 乗馬クラブの人は「あれがブルーマウンテンだ」「あの方向に(首都の)キングストンがある」と教えてくれたが、こちらは太ももに全身全霊をかけていて、それどころではない。
 ブルーマウンテンをぽかんと眺めていた暁には、デイリッヒから落馬してしまう。
 さらに、帰り道でデイリッヒも疲れていた。
 私の心情を察するよりも、早く馬場に帰りたい気持ちが強いようで、一度は本気の駆け足に近い速度で走った。
 私は鞍と手綱を握り締め、右足と太ももでバランスを取って頑張りつつも「ここで死ぬかもしれない」「船ごと海に沈むかもしれないと思っていたが、馬から落ちて死ぬとは」「きちんと遺書を書いてくれば良かった」まで思考がいった所で、さすがに哀れに思ったらしいデイリッヒは、ゆるゆると速度を落としてくれた。
 デイリッヒにはほとんど英語で話しかけていた。それは、ジャマイカは英語圏だし、きっと英語のほうが馬も理解できるだろうと考えてのことだった。これは、犬は英語のほうが理解しやすいから、英語で訓練するのが良いという話を聞いていたこともあった。
 ところが、あまりに前の馬が遅く、馬と馬の間が大きく開いてしまっていた。また走り出したらたまらんと思ったのもあったが、私は日本語で「デイリッヒ、先に行っちゃおうか」と話しかけた。
 すると、デイリッヒは待ってましたとばかりに、その馬を追い抜いてさっさと前に行ってしまった。もちろん、私が振り落とされない程度の速度でだ。私は乗馬をやったことはないので、私が馬を操作していないことは断言できる。
 馬に言葉の壁など無いのだと、私はしきりに感心した。
 ちなみに、後ろの馬に乗っていた人は「あー!追い抜かされたよ!早く歩いてー!」と馬に話しかけていたが、こちらの馬はマイペースらしく、道端の草にばかり興味をしめしていた。

 なんとなくデイリッヒと心が通じたところで、乗馬クラブに帰り着いた。
 行きに馬に乗った馬場ではなく、馬に食事をさせるために小高い丘の上まで馬のまま行くという、ありがたいのかありがたくないのかわからないオプション付だ。 
 放牧地まで行くと、乗馬クラブの人が介助して、馬から下ろしてくれる。
 私は降りたあとに、デイリッヒと記念撮影でもしようかと思っていたら、デイリッヒは私を降ろすと「もうお役御免」とばかりに、さっさと歩いていってしまった。ずいぶんとビジネスライクな馬たちだ。
IMG_3481.JPG
 この写真では、左から二番目がデイリッヒである。

 馬から降りると、もうお昼を過ぎていた。
 ここからモンテゴベイ市街にまで戻り、レストランで昼食をとってからクラフトマーケットというところに行き、お土産を買って船に戻る。
 ツアーリーダーのスタッフさんは、船内でノルディックウォーキングの指導もしているスポーツ系の方だ。
 バスの中でこちらを振り返り「どうでしたかー?」とにこやかに話す。
 そこまでは良かったのだが、次の言葉が全員の疲労感にトドメを刺した。
 「乗馬って、ノルディックウォーキングの3倍以上の運動量があるんですよ~」
 全員、バスの座席にへなへなと沈み込んだのは言うまでもない。

 お昼はジャマイカン料理で、気を抜いていると辛いものを食べて飛び上がることになる。そうかと思えば異様に甘いものもある。どうも、中南米の料理は甘いか辛いか両極端に思える。
 たくさん運動したせいか、それほど食欲はなかった。
 食事をしたのは、ホテルのような場所で、目の前はプライベートビーチになっている。
IMG_3482.jpg
 少し時間があったので、ビーチで泳いでも良いとのこと。
 食べた直後なので、少しぶらぶらしていると、他のツアーのメンバーたちとも行き交った。
 どうやら、バーでワールドカップを中継しているとかで、サッカーが好きな若い子たちは、陽気なジャマイカンたちのすき間から観戦している。
 ジャマイカ人はスペイン贔屓のようで、スペインを応援していた。
 英語が良くできる人が、観戦している人に「日本はどうなったか?」と聞いてみたが、「日本?どうだったかね?」と逆に聞き返されたという。
 そういえば69回クルーズのメンバーは、おおむねワールドカップ南アフリカ大会と、鳩山首相退任理由に関しての話題に疎い。情報をライブで見られない、聞けないことはやはり大きい。関心が無いわけでもなかったのだが、どういうことかどこか遠くの国の出来事のように、記憶に刻み込むほど理解できない。
 ビーチで少し泳いでみたが、ずいぶんと透明度が高い。まるでプールのような海水だ。
 小魚が泳いでいて、まさに観光客向けである。
 しかし、帰りのバスの座席が余計に濡れたのは言うまでもない。

 クラフトマーケットは、いわゆるお土産街のような場所だ。
 布、アクセサリ、食品など、ジャマイカのあらゆるお土産が集まっている。
 ただ、値段は安いとはいえず、客引きもアラブより激しい。腕をつかんで離さないことはデフォルトだ。
 値段に関しては、観光客向けの掛け値が設定されているのだろうが、アラブと違うのは頑として値引かないところだ。アラブの商人ほどの激しい掛け値ではないにしろ、値引き交渉はかなり疲れる。まだ、出て行こうとすると「じゃあ1ドル」と言ってくれるアラブ商人のほうがやりやすい。
 また、髪をジャマイカ風の三つ編みにしてくれる女性たちも多くいた。この値段はほとんど統一で、三つ編み一つにつき1ドルだ。ただ、髪が長い人はもっと取られるかもしれない。

 なんにせよ、いくつかミサンガを買ったところで私は疲れてしまい、バスに戻った。
 すると、以前から星座講座などで散々絡んできたおっさんがいたのだが、その人も同じツアーだったようで、私のすぐ後にバスに乗り込んできた。
 私が土産物はもういいのだと言うと「おれも疲れちゃったんだヨ」。
 やがて時間になり、バスに乗客が戻り始めると、一人の女性客がキャンキャンわめきだした。
 どうも、自分の席の上にサーフボードが渡してあったのが気に入らなかったらしい。
 ビーチのあたりで、ツアー客の一人が同室の人から預かったものらしい。
 預かった人も戻ってきて、あわててどかしたものの、その人の怒りは収まらずさらに吠え立てる。
 スタッフさんの仲介も聞かず、一緒に座っていた人の諌めも全く聞かず、一人大声でののしり、吠え立て、サーフボードを置いた当人と預けた人に呪詛のごとき暴言をぶつけ続けている。サーフボードの持込みを許容したピースボートスタッフさん、通訳さんにまで怒りの矛先は向いていた。
 私はピースボートにこんな客が乗っていたのかと仰天したが、そういえばこの人の話は聞いたことがあった。しかし、金魚がキングギドラになった噂だとばかり思っていたのだ。
 件のおっさんが、私には目を合わせずに、しかし聞こえるようにぼそっと言った。
 「置いた場所が悪かったな。だがありゃ、自分の席じゃなくても何か言ったと思うゼ?」
 このせいでなんともツアーの後味が悪く、今後一切関わりたくないと思ったのは言うまでもない。
 
 港までの帰り道、私はデイリッヒのことだけを考えることにした。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。