パナマ運河 [地球一周の船旅]
7月2日の午前3時。
『皆様、おはようございます。本船は今からパナマ運河に…』
独特すぎる抑揚の声での放送に飛び起きる。
この声の主は普段はレストランを担当している方で、メニューなどを印刷に来るときに私も何度かお目にかかっていた。
新聞局の後ろにある印刷機は本当に人を見る機械で、お気に入りの人でなければたちまちストライキ(紙詰まり)を起こす。
その処置をしながら何度か話をしたのだが、そのときはこんな特殊な話し方ではなかった。
しかし、四十何回クルーズに乗船した方の話では、その頃からこういう話し方だったとのことで、もしかしたらマイクを持つと口調が変わるタイプなのかもしれない。
着替えてデッキに出ると、まだ真っ暗だ。
オセアニック号の周囲を、パイロットボートやタグボートが回っている。
運河と反対方向、つまりコロンの沖に目を向けると、水平線までびっしりと船の灯りが見える。
全て、運河の通過待ちをしている船舶だ。
パナマ運河は一日に通行する船は40隻が限度とされている。
オセアニック号は左右をタグボートに挟まれながら、ガトゥン閘門に向かって航行していく。
左右に赤と緑の光が海上に点々と連なっていて、船はこの間を通行する。
船の速度はだいぶ遅い。
まだ閘門が見えないうちに、夜が明けてきた。
それにつれて、左右を挟み込むタグボートの姿もはっきりと見えてくる。
オセアニック号のお尻を挟み込み、航路を固定している。
パナマ運河は自然豊かな密林の中にあるので、鳥が多い。
木や、水銀灯にとまっているシルエットが、朝焼けの中に見えた。まだ太陽は出ていない。
そこからしばらく行くと、ガトゥン閘門に着く。昨日見学したところだ。
運河の端にいる作業員にロープが渡され、それが電気機関車と結び付けられる。
オセアニック号を引く電気機関車は6台だ。
後ろには、貨物船らしき船影も見えている。
タグボートが左右からきっちりと抑え、オセアニック号はほぼアイドリングだけで運河に入る。
運河内では自走できず、そのために牽引する電気機関車が必要になるのだ。
私は目測に自信がないのだが、左右の余裕は3メートルかそれ以下か。かなりギリギリだ。
船が運河に入り、電気機関車と連結するとタグボートはそこで離れる。
ここで戻っていき、また他の船を左右から抑え込んでいくのだろう。
前に二台の電気機関車、後ろに一台の電気機関車。左右あわせて6台だ。
運河にいた鳥がはっきり見えるようになってきた。くちばしの感じからしてペリカンのようだ。
猫も歩いているのが見える。
ガトゥン閘門の施設で、ねずみよけにでも飼っているのだろうか。
船と電気機関車のロープ連結を身を乗り出して見る。
この人たちは、一日に40回この作業を毎日繰り返しているのかと思うと、頭が下がる。
隣の水路に、先ほど後方にいた貨物船が入ってきた。
やたらと「DANGER」と書かれた看板があちこちに張られており、かなり危険な液体を運ぶタンカーではないかと思われる。船員さんたちは愛想がよく、目があうとこっちに手を振ってくれる。
ガトゥン閘門の向こうでは、車がたくさん並んでいた。コロン市内にない信号機まである。
これは、運河の閘門が閉まっている間、車が通過していくためだ。
見ての通り、閘門の下部には鉄板で作られた橋が収納されている。
閘門が閉じているわずかな間だけ、車は通過していくのだ。
それにしても、いざ運河に入るとオセアニック号でもかなり狭そうだ。
まだオセアニック号は左右数メートルほどの余裕があるが、パナマックスサイズの船は相当ギリギリなのだろう。
運河には、無数の擦り傷が壁面に残されている。いかにも幅一杯の、お隣のデンジャー貨物船は大丈夫だろうか?船体をこすった際の火花でドカンといかなきゃいいがと、変なところで心配になってくる。
昨日見た従業員用の通路まで、収納形式となっている。
やがて、閘門が動き始めた。
ふと後ろを見ると、この水路に向かって新たな船が迫ってきている。こちらも貨物船のようだ。
そんな中、前後の閘門が閉じ始めた。
完全に閘門が閉じると、水が湧き上がるようにして出てきて、だんだんと水位が上がっていった。
このガトゥン閘門は三つの閘門を使い、船を27メートル(正確には26.52メートル)持ち上げてガトゥン湖に導く。
水位が上がるにつれて、当たり前だが船も浮き上がっていく。
水位が上がると、閘門の前を通るバスが見えた。
しかしある意味、これは開かずの踏み切りなんかよりも、もっと効率が悪いかもしれない。
でも橋があるのは、ペトロ・ミゲル水門の手前と首都パナマシティがある太平洋側に二つだけだそうだ。
いつかは、大西洋側にも橋がかかるのだろうか。
昨日見学した施設が見えた。今度はこちらが見られる番だ。
一つ閘門を通過して後ろを見ると、次の番の貨物船がスタンバイしているのが見えた。
ガトゥン閘門の見学施設は、今日も観光客は来ているのだろうか。それとも職員の車だろうか。
バスはないが、駐車場には車がずらりと並んでいる。
ガトゥン閘門を通過すると、ガトゥン湖に入る。ここで船は、次の閘門に入るための時間調整をして、一時停泊することになった。
その隙に一休みとベッドにもぐりこんだら、思ったより寝てしまい、件の独特な抑揚の放送で飛び起きる。
もうガトゥン湖を出るところらしい。
慌てて出ると、運河の掘削で削られたという山が左右にある。
この山はゴールド・ヒルの名前で呼ばれているらしい。
このあたりは、ゲイラードカットもしくはクレブラカットの名前で呼ばれているとのこと。
何か作業をしている船が見えた。
ガトゥン閘門でもらった資料によれば、この船は浚渫作業に使用する船とのこと。
このあたりの山は、今も削られているようだ。
やがて、削られた山の向こうに橋が見えてくる。センテニアル橋とのことで、2004年に開通した比較的新しい橋とのこと。パンアメリカンハイウェイが通っている。
未だに、両岸で工事らしきものが行われている。
パナマックスの船は喫水すらもギリギリで、運河の底にたまる泥をかき出す作業は果てがない。
やがて、次のペドロ・ミゲル閘門が見えてきた。
その手前「ワニだ!」との声に、船が傾きそうな勢いで人が殺到する。
船員さんの指差す方向に、何とかカメラを向けてズームで撮影…棒切れにも流木にも見えるが、ワニでないとも言い切れない。
そういえば、とある冒険家が泳いでパナマ運河を渡ったという話がある。
パナマ運河は重量によって通行金額が決められるので、この冒険家が支払った通行料は36セントだった。
彼はガトゥン湖の島で休憩を取りながら10日かけてパナマ運河を泳ぎきったという。
それにしても、斯様にワニが生息しているのならば、この冒険家はよほど運が良くてワニに遭遇しなかったか、それともワニを食ってしまったのか、どちらかだろう。
ペドロ・ミゲル閘門は、ひとつしかゲートがない。ここで船は約9メートル下がる。
上部デッキから下を見ると、午前三時前から、撮影のためにスタンバイしている撮影スタッフと写真スタッフ。いつ寝ているのか心配になってくる。
端っこでは、船のクルーたちがなにやら話し合いつつ下を見ている。
真ん中をなるべく航行するようにと、目を光らせているのだろう。
隣の水路を見ると、はっきりと水位が違うのが見える。
というか、オセアニック号がいるレーンよりも、隣のレーンを見たほうがわかりやすいような気もしてきた。
水位が下がり、ゲートが開く。
電気機関車に引かれて、オセアニック号は静々と進んでいく。改めて、この電気機関車の馬力を感じた。
閘門に入るとき、船は自力推進が出来なくなる。だから、この電気機関車が唯一の動力となるのだ。
さらに、狭い閘門に船がど真ん中ストライクで進入できるように、タグボートが左右を挟み込んで誘導していく。
普通の港のタグボートに比べると、その技術も操船も、全く意味が異なる。1メートル片側によってしまえば、船が大破する可能性だってあるのだ。
振り返ると、先ほどのセンテニアル橋と、工事用の巨大なクレーンが見える。
このクレーンも、運河の川底にある泥をかき出す作業のためのものなのだろうか。
ミラフロレス閘門までは、それほど距離がない。奥のほうに島が見えるが、これも丘のてっぺんか山の頂だったのだろうか。
やがて船は、ミラフロレス閘門に入っていく。パナマ運河最後の閘門だ。
あまり良くない空模様だったが、ここでいよいよ雨が降り出した。
デンマークで購入した、ティコ・ブラーエプラネタリウムの傘が意外に役に立つ。
横手には、水門のようなものが見えた。
ミラフロレス閘門は二つあり、ここで船は海水面まで下ろされる。
横には、ガトゥン閘門の施設よりも立派な見学施設がある。
中にはレストランもあり、食事をしながら運河を航行する船を見ることも出来るという。
駐車場の車の数も、ガトゥン閘門の施設に比べると段違いだ。
見学客も多く、手を振ったり何か声をかけたりしてくれる。私はヤクルトスワローズの応援よろしく、傘を振っていた。
ミラフロレス閘門の端には、可動橋があった。昼間は船がひっきりなしに通るので、夜だけ通行可能になるのかもしれない。
二羽の鳥がオセアニック号の回りをくるくると旋回している。
そうかと思えば、地面にたたずむ水鳥のような鳥もいる。
ペリカンもいる。
船が通過した後や、閘門の開閉で水流が出来るときに浮かび上がってくる魚でも狙っているのだろうか。
閘門に入ると水が抜かれ、船はどんどんと下がっていく。
やがて、水面も見えないほど水がなくなる。閘門の向こうの水位を見れば、どれだけ水位が下がったかわかるだろう。
やがて、前の閘門が開くと、また船は電気機関車に引かれて進んでいく。
この閘門には小さなボートが係留されていた。何に使うのかはよくわからない。
やがて、後方の閘門が閉じていく。
また水をためて、次の船を迎え入れるのに備えるのだ。
パナマ運河では、この注入したり排出したりする水は使いっぱなしだったが、新しく作られる運河では循環式にして、水を無駄にしない方法を採用するとのこと。
最後の閘門を通過して、パイロットボートが乗り込んでいたパイロットを迎えに来た。
遠くに、大きなクレーン群が見えてきた。
さらに、建設中のビル郡も山の向こうに見え出した。
運河の横手にある小高い山の上には、大きなパナマ国旗がはためいていた。この丘はアンコンヒルという名前だそうだ。
やがて、先ほどのクレーン郡、そしてその向こうにはビルが立ち並ぶ巨大都市が見える。首都パナマシティだ。
さらに、運河の太平洋側である、アメリカ橋が見えてきた。センテニアル橋が開通するまでは、運河では唯一の橋だったという。
なにやら軍隊チックな色の船が横を通っていく。
パナマは軍隊を保有していないはずで、日本で言えば自衛隊のようなものか、海上保安庁みたいなものなのだろう。乗客が手を振れば、軽く振り返してくれた。運河地帯をパトロールしているのではないかと思われる。
運河を抜けた先には、多くの小島が浮かんでいた。頭上には飛行機が飛び交っている。
パナマ運河の太平洋側には、三つの島があり、江ノ島のように橋のような道路のようなもので本土とつながれている。
最新鋭のテーマパークのような建物もあれば、寂れきった幽霊でも出そうなホテルのような建物もある。
どう見ても建設中とは思えず、倒産か何かで廃棄された建物なのだろう。
パイロットボートが、パイロットを無事に回収したようで、乗客に手を振りつつ旋回して去っていく。
そういえば、パナマ運河ではスエズ運河のように、パイロットが物売りなどしていなかった。
太平洋側の沖合いにも、船が何隻も停泊していた。
これから入っていくのか、出てきて時間調整で停まっているのかどちらかだろう。
下を見ると、ペリカンが一羽船の後を付いてきていた。
船に驚いて浮き上がる魚を狙っているのか、カモメなども意外に長く船のあとをついてくることがある。
再びの太平洋だが、懐かしいとはまだ思えない。
それよりも雲行きが激しく怪しく、私は傘をたたんで速攻船内に戻った。
ピースボートセンターの前を通ると、新聞局で局員さんが一人新聞を作っていた。
そういえば、パナマ運河通過のこの日はリフレッシュデーだったが、新聞は休みではない。機械と閘門に浮かれてすっかり忘れていた。
「いいよいいよ、いつも代わってもらっているし(^_^)」
とはいえ、反省仕切りの私は、とりあえず傘を干しに部屋に駆け戻り、再び新聞局に駆け戻った。
オセアニック号は太平洋を中央アメリカ沿いに北に向かい、グアテマラのプエルトケツァルを目指す。
『皆様、おはようございます。本船は今からパナマ運河に…』
独特すぎる抑揚の声での放送に飛び起きる。
この声の主は普段はレストランを担当している方で、メニューなどを印刷に来るときに私も何度かお目にかかっていた。
新聞局の後ろにある印刷機は本当に人を見る機械で、お気に入りの人でなければたちまちストライキ(紙詰まり)を起こす。
その処置をしながら何度か話をしたのだが、そのときはこんな特殊な話し方ではなかった。
しかし、四十何回クルーズに乗船した方の話では、その頃からこういう話し方だったとのことで、もしかしたらマイクを持つと口調が変わるタイプなのかもしれない。
着替えてデッキに出ると、まだ真っ暗だ。
オセアニック号の周囲を、パイロットボートやタグボートが回っている。
運河と反対方向、つまりコロンの沖に目を向けると、水平線までびっしりと船の灯りが見える。
全て、運河の通過待ちをしている船舶だ。
パナマ運河は一日に通行する船は40隻が限度とされている。
オセアニック号は左右をタグボートに挟まれながら、ガトゥン閘門に向かって航行していく。
左右に赤と緑の光が海上に点々と連なっていて、船はこの間を通行する。
船の速度はだいぶ遅い。
まだ閘門が見えないうちに、夜が明けてきた。
それにつれて、左右を挟み込むタグボートの姿もはっきりと見えてくる。
オセアニック号のお尻を挟み込み、航路を固定している。
パナマ運河は自然豊かな密林の中にあるので、鳥が多い。
木や、水銀灯にとまっているシルエットが、朝焼けの中に見えた。まだ太陽は出ていない。
そこからしばらく行くと、ガトゥン閘門に着く。昨日見学したところだ。
運河の端にいる作業員にロープが渡され、それが電気機関車と結び付けられる。
オセアニック号を引く電気機関車は6台だ。
後ろには、貨物船らしき船影も見えている。
タグボートが左右からきっちりと抑え、オセアニック号はほぼアイドリングだけで運河に入る。
運河内では自走できず、そのために牽引する電気機関車が必要になるのだ。
私は目測に自信がないのだが、左右の余裕は3メートルかそれ以下か。かなりギリギリだ。
船が運河に入り、電気機関車と連結するとタグボートはそこで離れる。
ここで戻っていき、また他の船を左右から抑え込んでいくのだろう。
前に二台の電気機関車、後ろに一台の電気機関車。左右あわせて6台だ。
運河にいた鳥がはっきり見えるようになってきた。くちばしの感じからしてペリカンのようだ。
猫も歩いているのが見える。
ガトゥン閘門の施設で、ねずみよけにでも飼っているのだろうか。
船と電気機関車のロープ連結を身を乗り出して見る。
この人たちは、一日に40回この作業を毎日繰り返しているのかと思うと、頭が下がる。
隣の水路に、先ほど後方にいた貨物船が入ってきた。
やたらと「DANGER」と書かれた看板があちこちに張られており、かなり危険な液体を運ぶタンカーではないかと思われる。船員さんたちは愛想がよく、目があうとこっちに手を振ってくれる。
ガトゥン閘門の向こうでは、車がたくさん並んでいた。コロン市内にない信号機まである。
これは、運河の閘門が閉まっている間、車が通過していくためだ。
見ての通り、閘門の下部には鉄板で作られた橋が収納されている。
閘門が閉じているわずかな間だけ、車は通過していくのだ。
それにしても、いざ運河に入るとオセアニック号でもかなり狭そうだ。
まだオセアニック号は左右数メートルほどの余裕があるが、パナマックスサイズの船は相当ギリギリなのだろう。
運河には、無数の擦り傷が壁面に残されている。いかにも幅一杯の、お隣のデンジャー貨物船は大丈夫だろうか?船体をこすった際の火花でドカンといかなきゃいいがと、変なところで心配になってくる。
昨日見た従業員用の通路まで、収納形式となっている。
やがて、閘門が動き始めた。
ふと後ろを見ると、この水路に向かって新たな船が迫ってきている。こちらも貨物船のようだ。
そんな中、前後の閘門が閉じ始めた。
完全に閘門が閉じると、水が湧き上がるようにして出てきて、だんだんと水位が上がっていった。
このガトゥン閘門は三つの閘門を使い、船を27メートル(正確には26.52メートル)持ち上げてガトゥン湖に導く。
水位が上がるにつれて、当たり前だが船も浮き上がっていく。
水位が上がると、閘門の前を通るバスが見えた。
しかしある意味、これは開かずの踏み切りなんかよりも、もっと効率が悪いかもしれない。
でも橋があるのは、ペトロ・ミゲル水門の手前と首都パナマシティがある太平洋側に二つだけだそうだ。
いつかは、大西洋側にも橋がかかるのだろうか。
昨日見学した施設が見えた。今度はこちらが見られる番だ。
一つ閘門を通過して後ろを見ると、次の番の貨物船がスタンバイしているのが見えた。
ガトゥン閘門の見学施設は、今日も観光客は来ているのだろうか。それとも職員の車だろうか。
バスはないが、駐車場には車がずらりと並んでいる。
ガトゥン閘門を通過すると、ガトゥン湖に入る。ここで船は、次の閘門に入るための時間調整をして、一時停泊することになった。
その隙に一休みとベッドにもぐりこんだら、思ったより寝てしまい、件の独特な抑揚の放送で飛び起きる。
もうガトゥン湖を出るところらしい。
慌てて出ると、運河の掘削で削られたという山が左右にある。
この山はゴールド・ヒルの名前で呼ばれているらしい。
このあたりは、ゲイラードカットもしくはクレブラカットの名前で呼ばれているとのこと。
何か作業をしている船が見えた。
ガトゥン閘門でもらった資料によれば、この船は浚渫作業に使用する船とのこと。
このあたりの山は、今も削られているようだ。
やがて、削られた山の向こうに橋が見えてくる。センテニアル橋とのことで、2004年に開通した比較的新しい橋とのこと。パンアメリカンハイウェイが通っている。
未だに、両岸で工事らしきものが行われている。
パナマックスの船は喫水すらもギリギリで、運河の底にたまる泥をかき出す作業は果てがない。
やがて、次のペドロ・ミゲル閘門が見えてきた。
その手前「ワニだ!」との声に、船が傾きそうな勢いで人が殺到する。
船員さんの指差す方向に、何とかカメラを向けてズームで撮影…棒切れにも流木にも見えるが、ワニでないとも言い切れない。
そういえば、とある冒険家が泳いでパナマ運河を渡ったという話がある。
パナマ運河は重量によって通行金額が決められるので、この冒険家が支払った通行料は36セントだった。
彼はガトゥン湖の島で休憩を取りながら10日かけてパナマ運河を泳ぎきったという。
それにしても、斯様にワニが生息しているのならば、この冒険家はよほど運が良くてワニに遭遇しなかったか、それともワニを食ってしまったのか、どちらかだろう。
ペドロ・ミゲル閘門は、ひとつしかゲートがない。ここで船は約9メートル下がる。
上部デッキから下を見ると、午前三時前から、撮影のためにスタンバイしている撮影スタッフと写真スタッフ。いつ寝ているのか心配になってくる。
端っこでは、船のクルーたちがなにやら話し合いつつ下を見ている。
真ん中をなるべく航行するようにと、目を光らせているのだろう。
隣の水路を見ると、はっきりと水位が違うのが見える。
というか、オセアニック号がいるレーンよりも、隣のレーンを見たほうがわかりやすいような気もしてきた。
水位が下がり、ゲートが開く。
電気機関車に引かれて、オセアニック号は静々と進んでいく。改めて、この電気機関車の馬力を感じた。
閘門に入るとき、船は自力推進が出来なくなる。だから、この電気機関車が唯一の動力となるのだ。
さらに、狭い閘門に船がど真ん中ストライクで進入できるように、タグボートが左右を挟み込んで誘導していく。
普通の港のタグボートに比べると、その技術も操船も、全く意味が異なる。1メートル片側によってしまえば、船が大破する可能性だってあるのだ。
振り返ると、先ほどのセンテニアル橋と、工事用の巨大なクレーンが見える。
このクレーンも、運河の川底にある泥をかき出す作業のためのものなのだろうか。
ミラフロレス閘門までは、それほど距離がない。奥のほうに島が見えるが、これも丘のてっぺんか山の頂だったのだろうか。
やがて船は、ミラフロレス閘門に入っていく。パナマ運河最後の閘門だ。
あまり良くない空模様だったが、ここでいよいよ雨が降り出した。
デンマークで購入した、ティコ・ブラーエプラネタリウムの傘が意外に役に立つ。
横手には、水門のようなものが見えた。
ミラフロレス閘門は二つあり、ここで船は海水面まで下ろされる。
横には、ガトゥン閘門の施設よりも立派な見学施設がある。
中にはレストランもあり、食事をしながら運河を航行する船を見ることも出来るという。
駐車場の車の数も、ガトゥン閘門の施設に比べると段違いだ。
見学客も多く、手を振ったり何か声をかけたりしてくれる。私はヤクルトスワローズの応援よろしく、傘を振っていた。
ミラフロレス閘門の端には、可動橋があった。昼間は船がひっきりなしに通るので、夜だけ通行可能になるのかもしれない。
二羽の鳥がオセアニック号の回りをくるくると旋回している。
そうかと思えば、地面にたたずむ水鳥のような鳥もいる。
ペリカンもいる。
船が通過した後や、閘門の開閉で水流が出来るときに浮かび上がってくる魚でも狙っているのだろうか。
閘門に入ると水が抜かれ、船はどんどんと下がっていく。
やがて、水面も見えないほど水がなくなる。閘門の向こうの水位を見れば、どれだけ水位が下がったかわかるだろう。
やがて、前の閘門が開くと、また船は電気機関車に引かれて進んでいく。
この閘門には小さなボートが係留されていた。何に使うのかはよくわからない。
やがて、後方の閘門が閉じていく。
また水をためて、次の船を迎え入れるのに備えるのだ。
パナマ運河では、この注入したり排出したりする水は使いっぱなしだったが、新しく作られる運河では循環式にして、水を無駄にしない方法を採用するとのこと。
最後の閘門を通過して、パイロットボートが乗り込んでいたパイロットを迎えに来た。
遠くに、大きなクレーン群が見えてきた。
さらに、建設中のビル郡も山の向こうに見え出した。
運河の横手にある小高い山の上には、大きなパナマ国旗がはためいていた。この丘はアンコンヒルという名前だそうだ。
やがて、先ほどのクレーン郡、そしてその向こうにはビルが立ち並ぶ巨大都市が見える。首都パナマシティだ。
さらに、運河の太平洋側である、アメリカ橋が見えてきた。センテニアル橋が開通するまでは、運河では唯一の橋だったという。
なにやら軍隊チックな色の船が横を通っていく。
パナマは軍隊を保有していないはずで、日本で言えば自衛隊のようなものか、海上保安庁みたいなものなのだろう。乗客が手を振れば、軽く振り返してくれた。運河地帯をパトロールしているのではないかと思われる。
運河を抜けた先には、多くの小島が浮かんでいた。頭上には飛行機が飛び交っている。
パナマ運河の太平洋側には、三つの島があり、江ノ島のように橋のような道路のようなもので本土とつながれている。
最新鋭のテーマパークのような建物もあれば、寂れきった幽霊でも出そうなホテルのような建物もある。
どう見ても建設中とは思えず、倒産か何かで廃棄された建物なのだろう。
パイロットボートが、パイロットを無事に回収したようで、乗客に手を振りつつ旋回して去っていく。
そういえば、パナマ運河ではスエズ運河のように、パイロットが物売りなどしていなかった。
太平洋側の沖合いにも、船が何隻も停泊していた。
これから入っていくのか、出てきて時間調整で停まっているのかどちらかだろう。
下を見ると、ペリカンが一羽船の後を付いてきていた。
船に驚いて浮き上がる魚を狙っているのか、カモメなども意外に長く船のあとをついてくることがある。
再びの太平洋だが、懐かしいとはまだ思えない。
それよりも雲行きが激しく怪しく、私は傘をたたんで速攻船内に戻った。
ピースボートセンターの前を通ると、新聞局で局員さんが一人新聞を作っていた。
そういえば、パナマ運河通過のこの日はリフレッシュデーだったが、新聞は休みではない。機械と閘門に浮かれてすっかり忘れていた。
「いいよいいよ、いつも代わってもらっているし(^_^)」
とはいえ、反省仕切りの私は、とりあえず傘を干しに部屋に駆け戻り、再び新聞局に駆け戻った。
オセアニック号は太平洋を中央アメリカ沿いに北に向かい、グアテマラのプエルトケツァルを目指す。
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